加賀恭一郎シリーズは、作品の発表期間がとても長い。東野圭吾がデビュー直後に発表した『卒業』から始まり、10作目『祈りの幕が下りる時』は2013年。それゆえか、発表された時期に応じて作品の形態が異なっている。同じく人気シリーズの『ガリレオ』が
ワトソン役の草薙俊平(ドラマでは内海薫)が不可解な事件を持ち込んでくる
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湯川学が科学の知識を活かして推理を行う
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事件解決
という、『暴れん坊将軍』的な定番パターンで展開するのとは対照的である。
タイトルごとのフォーマットを見ていくと、
『卒業』=青春群像
『眠りの森』=ラブストーリー
『悪意』=登場人物の手記というかたちで全編進む
『どちらかが彼女を殺した』=どちらが犯人なのか最後まで明かされない
『私が彼を殺した』=容疑者3人のうち誰が犯人なのか最後まで明かされない
『嘘をもうひとつだけ』=短編集
『赤い指』=徹底的な鬱展開
『新参者』=「証言をするモブキャラ」を中心にした短編連作
共通するのは「加賀恭一郎が登場する」点だけで、見事にバラバラ。バラエティーに富んでいるなどという形容が陳腐に思えてくるほどだ。
そんな加賀恭一郎シリーズは、最後にどのような展開を見せたのだろうか。
第9の事件『麒麟の翼』(☆☆★)
映画にもなった第9の事件。 一言であらわせば「ファンサービス」。
『赤い指』で登場した加賀のいとこ:松宮が再登場し、加賀とコンビを組み、日本橋で起きた殺人事件の真相究明に挑む。
これまではバラバラで独立性の高かった加賀シリーズが、ここにきて連続性を帯びてくる。『赤い指』『新参者』と明確にリンクしたストーリーは、これまで付き合ってきたファンへのサービス精神を感じさせる(長く読み続けてきたシリーズに連続性を見出すと嬉しくなるのは、人の性よね)。
読み味としても、意外な展開、泣かせる人間ドラマ、爽快感がありながらも含みを持たせた結末など、東野ミステリーの美味しさが盛りだくさん。
色々な意味で、シリーズ集大成の作品といえる。
第10の事件『祈りの幕が下りる時』(☆☆☆)
明治座に幼馴染みの演出家を訪ねた女性が遺体で発見された。捜査を担当する松宮は近くで発見された焼死体との関連を疑い、その遺品に日本橋を囲む12の橋の名が書き込まれていることに加賀恭一郎は激しく動揺する。それは孤独死した彼の母に繋がっていた。
みたび松宮と組んで殺人事件の捜査にあたった加賀が遭遇した、悲しき数奇な運命を描く第10の事件。第48回吉川英治文学賞を獲得している。
『麒麟の翼』は、「東野圭吾クリシェ」を総結集させたファンサービス的な仕上がりだった。ではその次に何を繰り出してきたのかというと、とても重厚な社会派ミステリーであった。
川本三郎をはじめ様々な人が指摘しているが、本作は松本清張の『砂の器』をつよく想起させる物語に仕上がっている。東野圭吾は『砂の器』に対してなにか強い思い入れがあるのか、ガリレオシリーズ『真夏の方程式』でも、同作のオマージュとおぼしき要素が随所に散りばめられていた。